自己紹介

過敏性腸症候群と過ごす日々は無駄なのか?

うつ病との併発

大学生になったばかりだった頃、新しい生活に慣れるのに精一杯で体と心が疲れ、敏性腸症候群の症状が酷くなってしまった。毎日のように腹痛と下痢を繰り返し、外に出るのがつらくなっていった。そのせいで夜も眠れなくなり、ひどい時には朝8時9時まで起きていた事があった。何しろ初めての経験でかなりの葛藤があったが心療内科を受診した。軽いうつ病と診断を受けた。朝と夜が逆転したような生活を三年くらい続けていたが、何とか大学生活は続ける事はできた。もちろん授業に出れる日数を少ないがギリギリのところで何とかもがいていた。夜のからの授業に出ることも可能で今考えると本当に助かった。私が通学する時間は普通の昼間の学生が下校する時間で、彼らの笑い声や楽しそうな姿は当時の私には眩しくみえた。他の友人とは距離を置くようになり、一人受講できる授業を受け大学生活は家と学校の往復だけで、飲み会や合コンなどとは程遠い学生生活でした。

過敏性腸症候群とうつ病の併発は珍しくないと思います。私の場合は過敏性腸症候群からのうつ病でしたが、地獄のような毎日でした。その当時何軒か心療内科や消化器科、胃腸内科などを受診しましたが完治までとはいきませんでした。

苦しい時間は無駄なのか?

今は思えば学生時代は過敏性腸症候群で終わった時間でした。他にもたくさん挑戦したかったこと、飲み会や合コンなどにも参加してみたかったなーって思います。この苦しかった時間は無駄だったのか?この問いが今でも浮かびます。

夜中の薔薇 向田邦子 筆

 

向田邦子さんが書かれた『夜中の薔薇』で書かれた「時計なんか恐くない」の中で向田さんはこんな風に書いています。

一日は、どうして二十四時間しかないのだろう。

人間は誰でも一度や二度はこう考えるものでしょうが、私も二十代には、かなり真剣にこう考えたものです。

中略

二十代の私は、時計の奴隷でした。

カレンダーにおびえていました。

二十代の頃の向田さんは時間を無駄にすることはすごくもったいないと思っていたようです。たくさん習い事や旅行など好奇心が旺盛だったのでしょう。

時というものは、一秒一秒、時計のセコンドのようにせわしなく過ぎてゆくものでもありますが、一生の単位で見れば大きな川の流れにも似て、ゆったりと流れてゆくものでもあるはずです。

そのあとには三年五年くらい無駄にしても人生を長い目でみれば、大したものでもないと書かれています。

向田さんは、負け犬のほうが好きだど書かれています。(どちらかといえばと書いてあります笑)また、一度負け犬になった人の方が思いやりがあって好きだとも書かれています。

時計は、絶対ではありません。

出典:夜中の薔薇 向田邦子 筆

終盤には、時計は人間が作ったものであり、毎日生きていれば「無駄」はないと書かれています。

向田さんの言葉を借りて自分の人生に置き換えるのはかすり傷に包帯を巻くような感じですが、過敏性腸症候群と過ごす時間は無駄ではないといえるのではないでしょうか。

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